東京2020オリンピックから正式競技となったスポーツクライミングに「女子複合」で出場予定の野口啓代(のぐちあきよ)さん。
可愛いルックスからは想像もつかない逞しい筋肉とのギャップに驚かれる方も多いと思います。
今回は日本クライミングのパイオニアとも呼ばれる野口選手について調べてみました!
目次
野口啓代(のぐちあきよ)選手プロフィール
名 前:野口啓代(のぐちあきよ)
生年月日:1989年5月30日(32歳)
性 別:女性
身 長:165センチ
体 重:52kg
出身地:茨城県龍ケ崎市
学 歴:龍ケ崎市立城ノ内中学校→東洋大学附属牛久高等学校→東洋大学(中退)
所 属:TEAM au
大学を中退したのはクライミングで強くなるためには通学は必要ではないと判断し、毎日クライミングが強く、うまくなることだけを考えて生きていきたいと思ったからだそう。
野口啓代(のぐちあきよ)選手がクライミングを始めたきっかけは?
小学5年生の時に家族でグアム旅行をした際にゲームセンターにクライミングの人工壁があり、父親と妹とチャレンジしたのが始まりだったそうです。
その後、実家近くの「スポーレクライミングジム」に通い始めます。
そして翌年の小学校6年生の時に初めて出場した『フリークライミング全日本ユース選手権』では中高生を抑えていきなり優勝し、頭角を現します。
野口啓代(のぐちあきよ)選手は実家で練習している?
実家は牧場を経営していましたが、野口選手が中学へ進学した頃に父の健司さんが学校帰りにジムに通うのは大変だろうということで、古い牛舎の片隅に手作りでクライミングウォールを作り、そこで練習ができるようになりました。
最初はただの壁だったのが野口選手の成長に合わせてだんだん傾斜をきつくしたり、広さも大きくなり、最終的には高さ4メートル、約60畳もの広さに進化したそうです。
東京オリンピックのスポーツクライミング競技は、「ボルダリング、リード、スピード」の3種目複合で行われますが、ボルダリングとリードはボルダリングの壁で練習できますが、スピード壁は全国にも10カ所ほどしか練習できる場所がなく、野口選手にとって弱点となっていました。
そこで、2019年の春にスピード壁が新たに実家に設置されたそうです。これは父の健司さんの手作りではありませんが、1000万円を超えると費用は、健司さんが出資したそうで、東京オリンピックに懸ける熱意は相当なものであることが伺えます。
野口選手は今でも大事な大会の前には実家に帰省し、健司さんが作った壁でトレーニングをしているそうです。
また、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で休業するクライミングジムが相次ぐ中でも、野口選手は実家を拠点にして「ステイホーム」のまま練習を積むことができていたそうです。
野口啓代(のぐちあきよ)選手の家族構成は?
父、母、妹の4人家族。
野口選手の父親、野口健司さんは長年牧場を経営してきましたが、現在はホールド(壁に取り付けられた突起物のこと)の輸入販売業をしています。
家族でのグアム旅行から帰国後は親子で楽しくクライミングの練習をしていましたが、健司さんは肩に怪我をして登れなくなってしまいました。
しかしそれ以降もクライミングに関することには興味津々で、2013年頃「クライミングに携わることがしたい」と野口選手に相談し、日本にはまだまだ輸入されていないホールドがあってもったいない!という思いがあって輸入販売業を始めたそうです。
野口選手の母親は、食事の面で支えています。大事な大会の前には実家に帰り母親の手作りコロッケを食べてから大会に出発するというのが、野口選手のルーティンだそうです。
野口選手の妹はグアム旅行の後、一緒に練習をしていましたが、中学校で部活を始めてからはクライミングから遠ざかっていったそうで、現在は就職して社会人になっているとのことです。
これまでの主な戦績
2001年:全日本ユース選手権 優勝
2005年:ジャパンカップ、リード・ボルダリング共に優勝(ここからジャパンカップのボルダリングで怒涛の9連覇)
2008年:日本人女性として初めてワールドカップ ボルダリング種目で優勝、ワールドカップ オーバーオール部門(ボルダリング、リード、スピード)年間チャンピオン
2009年:ワールドカップ ボルダリング 年間チャンピオン
2015年:ボルダリングワールドカップ4度目の年間チャンピオン
2016年:アジア選手権 リード・ボルダリング 優勝
2018年:コンバインドジャパンカップ、アジア競技大会 優勝
2019年:世界選手権2位
東京オリンピックで現役引退?
野口選手はかねてより東京オリンピックを最後に現役を引退すると発表されているため、今回の東京大会が最初で最後のオリンピックになる可能性が高いです。
ぜひともメダル獲得の活躍に期待して応援しましょう!